2014年08月

2014年08月31日

13年後の今、そして13年先の未来


特にキムタクファンと言うわけではないが、
13年後のキムタクもカッコいいままでいて欲しい、、、、、
そう思わせてくれるのが「HERO」である。

日本の連続ドラマを視聴しているのは、いつからぶりだろうか。
確かに月曜夜9時を楽しみに、、、と言うのとは違うが
空いた時間に今回のHEROを視聴し、追いついた状態である。

キムタクの醸し出す雰囲気は、彼しか出せない。
本来の自分の姿を消し、役に徹するのも役者の姿。
だけど、キムタクは違う、、、、
彼は、どんなドラマでも「キムタク」であるのだ。
正直、「あれっ」と思う彼のドラマが今までなかったかと思えば嘘になるが
この「HERO」は、まさに「キムタク」とうまく重なり、魅力を発する作品である。

時間の経過と言うのは、正直だから、、、、
でも、13年後の今の久利生公平、いいよ、、とってもいい
普通、13年も経過すれば、ただのオジサンになっていても不思議はないが
見えないところでの彼の姿を維持する努力に頭が下がる。
これから、13年後、、、心配することなく、キムタクはキムタクでいると思う。
そんな13年後の「HERO」も密かに見てみたいと思ったりする。

ところで、キムタクは出来る、、、13年後も、、、
そして、個性的な脇を固める役者さんたちも大丈夫だろう、、

今回の「HERO」、このドラマ独特のテンポが私自身は好きだし
北川景子も想像以上によかったと思う。
松たか子演じる雨宮よりも、北川景子演じる麻木の方が
キムタクとのテンポがクリーンで好きだ。
でも、ストーリーとしてはどうだろうか。

13年前、2001年のHEROでは久利生公平の型破りな検事像が
まわりとの軋轢を生み、、それでも貫く久利生公平が居た様な気がする。
そんな、それでも「おでかけ」してしまう彼がよかった気がする。
それが13年後には、久利生公平のやり方は完全に受け入れられ
彼の検事像は個性としてまわりの検事たちにも認められている。
そうだよね、、、13年の時間をかけて「認められた」という事なのだ思うが、
久利生公平が良くも悪くも同僚検事に上手く融合してしまった今回のドラマ、
扱う事件と言っても底をついてくる、、、、。
そうすると、脇を固める個性的な登場人物にスポットを当てるのが王道。

ドラマの続編が作られても、元作を越えられないのは、そういう理由もあると思う。
HEROに限ったことではないが、登場人物のまわりにだけ事件や不幸なことが
起きるのは余りにも不自然、、、、それが上手くまとまってはいるけれど、
爆発するパワー不足の所以のような気がする。
それでも楽しく今回のHEROを視聴できるのは見事の一言。

13年の時間があれば、新たな展開を考えるには十分すぎる時間かと、、、
また会おう、、13年後の久利生公平☆
でも、その前に今の君を楽しませてもらおうと思う、、、









cookpine at 16:56|PermalinkHERO 

2014年08月29日

私の願い



ベバの世界は10人10色
これは、私がJewelでも、よく使う言葉である。
突き詰めて話したことはないがそれぞれの人が感じるベバの世界は、実は微妙に違うのだ。
だが、それでも「カンマエいいよね」とwebで繋がっているのは
ベバに対するの想いの共通項が存在するからだと思っている。

ベバの二次小説が多くの人に支持される理由、、、、
これは前述した共通項を同じように持つ作者さまが、「カンマエらしさ」という一線を
守っているからだと思う。そして、そこに作者さまの「個性」というエッセンスを加えるから、それぞれのお部屋の作風が少しづつ違って、作者さまの「ベバワールド」が繰り広げられるのだと思う。

漫画のベートーベン・ウィルスに対する違和感、拒否感って何なんだろう、、と、ずっと思っていた。
1、2話を拝読した限りは、カンマエらしさが全く感じられないのだ、、、あれでは別人だ。

他の韓流ドラマは理解していないが、ベバに関していえば、ベバをお好きな方は
ドラマを果てしない回数視聴して、独自のベバの世界をお持ちでいらっしゃる。
頂くメッセージも極稀に驚く事もあるが、多くの場合は認め合える気がする。
やはり、それはベバへの想いの共通項の存在を感じるからだと思う。
でも、今のところ、漫画からは、その想いの共通項は感じないのだ、、、

漫画の制作側を全く知らずに、思うことをつらつら、、、と記した。
その中で、「描いてる漫画家さんの他に、多分脚色をしてる人が他に居る」場合があり
ストーリーに関する脚本のイメージの違いを生じることを頂いたメッセージから知った。
(有難うねーーーーー☆)
素人って怖いと自分でも笑ってしまった。
1人の漫画家の先生が、ストーリーから漫画を描くことまで全て1人でやっていると思っていた。

漫画家の先生のSNSで、自分がベートーベン・ウィルス放送時に茶の間で視聴していたのに
ベバを連載する立場になった縁について述べてらっしゃるのを目にしたことがあって、
勝手にベバへの想いの共通項をお持ちなんだと私は思ってしまった(笑)
もしかするとお持ちなのかもしれないけれど、人の手を介することで
ベートーベン・ウィルスワールドから離れ、作品が1人歩きしているのかもしれない。

うまく伝わらないかもしれない、、、私の気持ち。
同じ想いの共通項を感じる作品ならば、その方の描くベバワールドを喜んで覗かせて頂く。
でも、漫画ベートーベン・ウィルスには非常に申し訳ないが、そのような作り手の「愛」を感じないのだ。
マエストロ・カンと名乗っているが、やはり別人だ。

言葉に表現できないマエストロ・カンの魅力に魅せられたんだーーーー
その魅力が今の時点では、漫画のベバは全く違う方向に向いている気がしてならない。

ーーーーーーストーリーのずれを問題にしているのではなく、
例えばドラマでは未消化のラストで、多くの人をベバ沼に突き落とし彷徨わせたが、
漫画で「今はまだ」なんて未消化な状態で、ドイツに旅立ち終わるのだろうか、、、。
そして、あとは読まれた方の好きなストーリーを描く自由を与えられたと、、思え!
なんてことはないでしょう、、、きっと。

極端な話、その先のベバの事、、、、
ドラマには描かれなかった未来形の2人の事が描かれても私はいいと思う。
それに、ベバへの「愛」を持って描いてほしいなんて子供じみたことは言わない。
そうなの、、、私のように、ただ「好き」と言う気持ちだけで時間を作って
細々と作業をする素人と違い、ベバの漫画に携わる方はビジネスでもあるわけで、
だから「愛」をもって描いてくれとは言わない。
でも、ベートーベン・ウィルスと言うドラマは他の韓流ドラマとは少し違うドラマなんだよね、、
だから、ベバワールドのツボを外してしまったら、ただのラブストーリーの
作品に成り下がってしまう。

ベバワールドから一線を画さない世界で生きるマエストロ・カンなら見てみたい。
どうか、漫画のマエストロ・カンをベバワールドの世界で生かして頂きたい。
それが私の願いである。














2014年08月27日

夏休みの感想文、、のようなもの


「ベバ」が漫画になり、はじめて「オヤジズム」という言葉を知った。
オヤジズムとは、

40~50代前後の、いわゆる「オヤジ」をテーマに、
さまざまなシチュエーションの恋愛模様が展開される漫画シリーズです。
DJやコンビニ店長、デザイナーなど様々な「オヤジ」たちに、
主人公の女性(あるいは男性?)がその魅力ある大人の包容力で癒され、
優しさに包み込まれ、恋に落ちていきます。

こんな風にwebでは説明されて言います。
言葉と言うより、月刊電子コミックのタイトルでもあるわけで、「月刊OYAJISM」と表記されている。
アラサー女子がターゲットで、タイトルは「女子たち!オヤジに恋しろ!!」
この時点で、私、、、、資格なしである。
コミックが想定したターゲットからすると登場する男性は「オヤジ」であっても
私にとっては年下という複雑な関係が成り立つ。

だからなのか、、、「オヤジズム」と言う言葉がピンとこない。

この「月刊OYAJISM」に「ベートーベン・ウィルス」が掲載されていなければ
「そういうのも有りだよね」で通り過ぎた気がする。
でも、「ベバ」が扱われたら素通りできない性格☆

「ベートーベン・ウィルス」を扱ってくださった「月刊OYAJISM」さまにも
また、描かれている先生、遡れば「ベバ」を見つけてくださった関係者さまにも感謝である。
漫画としての「ベバ」から、ドラマの「ベバ」に、、、そしてマエストロ・カンに
魅せられる人がいないとも限らない。
放送から随分と時間が経過し、静かな「ベバ」の世界になりつつある中に
新しい風を吹き込んでくださる、、そんな刺激に感謝しないわけがない。

さて少し前になるが、「ベバ」の漫画をご紹介したサイト様はいくつかあったと
記憶している。
webではない水面下では話題に上り、お喋りの題材になっているのかもしれないが
webで感想を記す人がいないも不自然、、、のような気がする。
多分、ベバ好きの多くの人は無料お試し部分は読まれているのではないかと
想像するが、どうなのだろうかーーー

無料お試しは作品の紹介もあり、読者獲得のための大切なものだと思う。
ドラマである「ベートーベン・ウィルス」の観方、感じ方は、本当に人それぞれで、
同じベバ色は存在しない。それでも私のような未熟者のJewel Time Galleryを
見守ってくれるような大人がベバ好きには多い気がする。
でも、今回の漫画に関しては見守るというスタンスとは違う雰囲気を感じる。

漫画の「ベートーベン・ウィルス」は、ホン姉妹が「原案」、そして「漫画」として
漫画家の先生のお名前が記されている。
「原案」と「原作」って違うんですよねーーー
webで調べると、元作品に一定程度忠実に漫画にした場合は「原作」。
 設定の一部だけ又は、ストーリーの一部だけを使い、残りの部分は
オリジナル部分の多い場合は「原案」
って事は、私の愛すべき「ベートーベン・ウィルス」とは違って当然なんだ。
そう思って読むべきものらしい、、、、。

だから、多少のストーリーのずれを突っ込むつもりはない。
だが、無料お試し部分を拝読する限り、彼はマエストロ・カンではない。
私自身、「マエストロ・カンって何者?」、、、こんな気持ちだけで突っ走り
ブログを立ち上げ、ベバに関する記事を600以上記しても
未だに彼が何者なのか。そして、彼の魅力を的確な言葉で表現することが
できないでいる。
、、、それに、漫画家の先生と私のマエストロ・カンの受け取り方が違うと
いうこともある。

でもね、、、、それにしても、彼は悔しさの中でヴァイオリンを弾くルミちゃんに
いきなり声をかけたりしない、、、と思う。
その後、ルミちゃんに対しタクトを振るのだが、、、、
ええ彼は街で、見ず知らずの酔っ払いと思われている女性にタクトを振らない
、、、と思う。
そして、素通りして、苦々しい顔で「ベートーベンが嘆き悲しむ」と嫌味を込めた
独り言はあっても、まるでナンパのように、見ず知らずのヴァイオリニストに
「ベートーベンが嘆き悲しむぞ」とは決して言わない、、、、と思う。

このシーンの続きは私の場合はレンタル(レンタルシステムは代金40円)で拝読した。
ルミちゃんはマエストロのタクトに導かれた自分の音に驚き
「自分でもこんな音楽が奏でられる」とある意味、感動するのだが
これって、草原で「Nella Fantasia の世界にようこそ!」と両手を広げ
草原の風も音も香りも感じさせてくれたシーンでルミちゃんが感じた気持ちと同じ。
彼女は音楽に導かれて、マエストロを理解し、彼にひかれて行ったと思う私としては
漫画冒頭でのこのシーンに、これじゃラブストーリーになっちゃうじゃない、、と思うのだ。

事実、漫画のベートーベン・ウィルスはジャンルとしては
ラブストーリー / 少女マンガ / ラブコメ / オヤジ / 俺様・S彼  になっている。
そっかーーーー
それにタイトルも「ベートーベン・ウィルス~ふたりの天才(カレ)と恋愛感染~ 」と
いう事は、漫画のベートーベン・ウィルスはドラマとは全く違うと思って拝読するべき
ものであるようだ。
これも好みだと思う。ベバのラブラインの不足に不満足を感じていた人がいるならば
「有りあえる」漫画であるに違いない。だが、私自身はベバに限ってはラブラインの
不足がいいのだと思う人間で、不足の愛だからこそ、すれ違いざまに手を握り
去っていく男が愛を感じさせるのだと思う。そんな人間にとっては「有りえない」と
言うよりは全く異次元のものと思うべきである。

タイトルから推察するに、彼女はマエストロとゴヌの間でラブストーリーを
繰り広げるに違いない。
私、ダメなんだなーーーそういうの。
Jewelでも記したことがあるが、ルミちゃんがマエストロに揺らいでマエストロを
好きになったのは私の中では許せる。でも、そこで何かのアクシデントが起こり
再びゴヌの元に戻ったり、、、そんな事態にベバが発展していたら、
私は間違いなくベバ堕ちしなかったのだ。
遡ること、、、かの有名な「冬ソナ」も2人の間を行ったり来たりするユジンが許せず
私の中の「冬ソナ」は全編の半分くらいで完結している。

こういったコミックの場合は読者は気持ち的にヒロインに重なり疑似恋愛している。
そんな気持ちになることもあるでしょう、、、。
この漫画版ベバもルミちゃんの身体と精神を借りて「「女子たち!オヤジに恋しろ!!」
なのではないかと思う。
でも、、、ベバって、そういうのではないような気がしてならない。
2人の切なさがいいのだと思うけど、、、どうなんでしょうか

無料立ち読み以降でレンタルして拝読した部分は、実はドラマに完全に
忠実ではないけれど、立ち読みできる無料お試し部分のように驚くような
ストーリー展開はしていない。
ドラマで現在のマエストロが出てくるのは1話ラスト、、、。
私自身は1話のDVDを見返すことは非常に少ない。そこには興味がないというか、
そんな展開で漫画としては読者の心を掴むのは大変かと思ったっりーーーー
お試し部分で読者の気持ちをつかみ、その先を購読してもらう為に頑張り
すぎたんじゃないかなー。

ベバを初めて知る読者さまには「こんな感じね」とドラマとは違う世界を
受け入れることでしょう。
でも、ドラマを知っている人間にとっては無料お試し部分に限って言えば、
「違うでしょ」と拒否反応を示す人がいないとも限らない。
その最大の要因が「顎クイッ」をするマエストロだと思っている。
この漫画を描くにあたり、作者さまは色々と調べられて当然なわけで、
大切な冒頭部分に、ドラマと全く繋がりのないマエストロの行動を持ってくるとは
考えにくく、カットシーンとしてベバ堕ち乙女の心を今でもつかんで離さない
「もう泣くな」と言いながらの顎クイッシーンを頭に浮かべて書かれたのではないかと思う。
それとも漫画の世界では鉄板ネタなのだろうか。仮にそうならば、
顎クイッではなく、異次元のマエストロの壁ドンを見たかったと思うのである。

「顎に力が入っている」と冷たく言い放ったとしても、顎クイッを街で出会った
ヴァイオリニストにすることは絶対にないーーーーー
マエストロ・カン
マエストロ・カンはーーーー絶対にやらない

ドラマでの顎クイッは何故にカットされたかは明らかになっていないけれど、
私自身はマエストロ・カンの世界から一線を越えたシーンであったからと思っている。
漫画として考えた場合、男性が女性に顔を接近し顎クイッは普通の事かもしれない。
でも、ベバは違う。
ラブラインなんて皆無に近いのに2人の愛を感じさせる、、、そんな世界なのだ。

少し厳しい感想かもしれない、、、
もし、この記事が作者さま、或は関係者さまがお読みになることがありましたら
ドラマの「ベートーベン・ウィルス」を心から愛する人間にも、
「これ、、、有るよね」だったり、
「マエストロ素敵だった」と思わせてくれる漫画になる事を期待しております、、、
愛すべきドラマを扱って頂ける、また新たなベバを感じる機会を頂けた幸せを
更にキュンキュンさせる幸せに変えて頂ければ、この上ない喜びです。
ベートーベン・ウィルスに多くの人が感染しベバ堕ちした要因は沢山あるが、
最大の要因はマエストロ・カンを演じた俳優キム・ミョンミンの演技にあることは明白で、
でも、漫画では彼の演技力に頼ることは出来ない、、、
キャラクターに新たな息吹を吹き込み、どれだけ魅力的な姿に変えるかは
漫画家の先生の力量にかかっていると思います。どうぞ頑張ってください。

以下、漫画を拝読して思った事を箇条書きで、、、、

■1話■

■マエストロの鞄のデザインが酷似していて、「おーーーマエストロだ」と思った。
 でも、いきなり地面に鞄を置いてタクトを出すけれど、地面に鞄を置くイメージが少ない。
 (ルミちゃんに指輪を渡す時くらいかなーーー)
 それに、マエストロがしゃがむの珍しくない?

■ロマンスを路上で弾くルミちゃんに
「ロマンチックじゃない「ロマンス」なんて最低最悪だな」とマエストロが言いますが
、、、ゴヌなら「ロマンチック」にと言っても、1話のマエストロには「ロマンチック」の
言葉は存在しないでしょう。

■夜中にバイオリンを弾いている人と苦情があって、警察官ゴヌが駆けつける。
 ね、、、ねね、、、、ゴヌは停職にならないとダメよね。
 ゴヌや~はやく問題を起こして停職しちゃえーーーー

■ルミちゃんの漫画のイメージががキツイのかな。
「私のオーケストラを、、、作る」と言われると、これまた厳しい。

■マエストロの漫画の絵は、好みで「好き」「嫌い」が分かれると思う。
 先日Jewelで「魅惑の顎」について扱ったのもあるが、顎のとんがりって
 あんな感じが一般的なのかしら?
 どこかが年齢以上に老けて見える一方で、どこかが年齢よりも非常に若く感じる。
 この先でガビョンさんが登場するのだが、顔が似ていて「おーーーハラボジ」と
 叫びたくなるが、ガビョンさんも何処かが若いんだなーーーと。

■マエストロのスーツって私も今どきのスーツを着せてみたいと思って画像加工をしたけれど
 マエストロらしさはクラシカルな正統派のスーツなんだなーーと思う。
 でも、何気に普通の人が着こなせない合わせ方をしていたりするのも魅力の1つと思う。
 
■マエストロ、ゴヌ、ルミちゃんの描き方は、全く新しい世界なのだと思う。
 だけど、ヨンギさんやガビョンさんのお顔は酷似して書かれていらっしゃる気がする。

■ルミちゃんは指揮者として「あの時の指揮者と、もう1度」とどこかで思って
招聘するのだが「あの人も呼ぶこともできた」かーーーー
 どっちにしても、「最低な指揮者」とすぐに思うのだろうけれど、初めにマエストロの
 指揮者パワーを実感しちゃうと、話が複雑にならないかしら、、ね。


■2話■

■ストーリー的にマエストロが登場するまでは我慢の2回なんですよね。
 
■ゴヌの音に惚れて楽団にルミちゃんが誘う、、、
 でも地下鉄の印象的なシーンはないのが残念。

■マエストロが空港から外にでてカメラはローアングルから撮影する
 誰もが「マエストローーーー」というシーンは描かれていないのよね。
 その代り、空港出た後にルミちゃんとどうやって出会ったのか、、、、?
 そんな空白の時間?
 空港の外で会う2人という展開は面白かったーー。
 こんな風に描かれなかったシーンでストーリーを繋いでくるのは新鮮に感じた。














2014年08月26日

双璧な男たち


勢い余って「最高の愛」を視聴してしまったーーー。
「してしまった」とは、失礼な物言いかもしれない、、、
しかし、「最高の愛」を視聴すると常日頃がベバの世界の住人故に
愛の表現の違いにビュンビュン振り回されてしまって、参ってしまうのだ。

私の中では、マエストロ・カンとトッコ・ジンは双璧の男なのだ。
ただ、マエストロ・カンはリアルなんだなーーー
今でも同じ地球上の何処かで、同じ2014年8月を生きているとマジで思うのだ。
一方のトッコ・ジンは、ドラマの中、、、韓流ドラマの中の人なんだなーーー
だから許せる部分も多々あるのだが、、、

以前にJewelでも記したことがあるが、「最高の愛」ヒロイン ク・エジョン友人の
ジェニーがトッコ・ジンを
「トッコ・ジンって、やることが素敵」
と言うシーンがあるのだが、私も強く同感なのだ☆

トッコ・ジンって、これでもかと言うくらい行動的
強引なんだけれど、アホな可愛さで揺さぶってくる、、、、
何もしないマエストロとは、ある意味正反対な人間の気がするが
どちらも私にとっては、愛すべき男たちである。














cookpine at 00:23|Permalink最高の愛 

2014年08月07日

夢を現実に演じる俳優

私の韓流熱に火が付いた、、、と言うわけではないのだが
「私に嘘をついてみて」を視聴完了☆
本当は「最高の愛」を視聴したい気分だったーーーー
もう私の中でのキスシーンNo1はトッコ・ジンですから。
彼の手のポジション、顎のライン、、、いいんだ、これが~
で、仕事をしながらの音代わり、そこまでガッツリ視聴する時間がないので
「最高の愛」は不適と判断。
もうね、、「最高の愛」を視聴したら、観ちゃうもん、私。

ところが、「私に嘘をついてみて」をガッツリ視聴してしまった(笑)
お断りしておきますが、音代わりにしようとしたので初視聴ではありません。

このドラマ、、、感想を記すサイトさまでも意見を二分する作品。
私は、、日々、ストイックな「ベバ」の世界で生きているので
十分すぎるほどキュンキュンさせて頂きましたし、
世間での「ありきたり過ぎる」と評されるストーリーも、そう感じるほどの量の
韓流ドラマを視聴していないから感じない。

さて、、で、このドラマから何を考えたか
カン・ジファン演じるギジュンとユン・ウネちゃん演じるアジョンは最終的には
ハッピーエンドで終わるのですが、それまで公務員としての公平を守りながらも
潔い女であったアジョンが、色々なことを経てプロポーズされると
「大切な何かを失ってる、、、見つけるまでもう少し待ってて」と言うではないですかーーー
なんじゃ、それーーー(笑)
その中途半端な展開の最終回、必要だった?とは思ってしまう。
それでも、、他にもあるけれど、最後まで視聴し、こうやって再び視聴するのは
ユン・ウネちゃんの雰囲気が結構好きなのもある。
そして、カン・ジファンとの2人の雰囲気が私的には同じ色、同じ香りに感じられた、、
そんな理由があったからかもしれない。

カン・ジファン演じるギジュンが時々、オードリーの若林に見えるのは私だけかもしれないが
初めは独特な論理で、それならばマエストロ・カンの方がまだいいじゃないと思わせた。
、、元彼女を2度傷つけることは出来ないから(これは、すっぱり切るんだけど)、
今、好きな相手を傷つけるしかないのだ、、、って論理は、どうなんだろうと感じた。
男性は「思いやり」と自己満足に浸るが、女にとっては、その曖昧な態度こそが罪であるのだ。
そうやって考えると、「今はまだ」と自分の恋愛IQを知るが故に、恋愛を封印するような
マエストロ・カンの生き方の方が大人で潔い気がする。

とは言っても、カン・ジファン演じるギジュンとユン・ウネちゃん演じるアジョンには
キュンキュン、ドキドキさせてもらった。

こうやって「私に嘘をついてみて」のストーリーの詰めの甘さと言うか、雑さはあっても
ドラマにラブラインは必要☆LOVEは不可欠だとしみじみ思う。
「ベバ」で生きていて、こんな記事を書くのも変だが、私のすべての基準は「ベバ」。
でも、他のドラマも視聴する、、、「別腹だから」と理由をつけて(笑)

今回の「私に嘘をついてみて」を視聴して思ったのは、ドラマって夢の世界でいいんだと
しみじみ思った。有りえなえいシンデレラストーリーに現実逃避し、キュンやドキッで
楽しめたら、それで十分じゃないかと思う。
前回の記事で「紳士の品格」に出演していたミョンミンさんが想像できない的な記事を書いた。
今回の「私に嘘をついてみて」でも同様の事を思った。

俳優キム・ミョンミンの演じ方は、ドラマを夢の世界ではなく、現実の世界にしてしまう、、、
そんな俳優なのだと思う。
いいとか悪いとかではなく、彼にしか演じられない世界と言うのが存在するのだ。
だから、普通の「キュン」とか「ドキ」を望むのは違うのかもしれないと思ってきた。
、、、でも、観てみたいけれど、、、、それでも観てみたいと思うのは我儘すぎるだろうか。






cookpine at 17:46|Permalink私に嘘をついてみて